万物には歴史がある。こと職業においても例外ではない。今回は弊社の主力サービスである「ヘッドハンティング」1の歴史を紐解いていこう。変化の激しい現代において、起源や変遷を知ることで、ヘッドハンターである我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか、多少なりとも示唆を得られるに違いない。
歴史を辿る前に定義を確認しておく。「ヘッドハンティング」とは、「クライアント企業から着手金を頂戴し、経営幹部や高度専門人材について市場調査を行い、転職市場に出ていない候補者個人にも秘密裏に直接アプローチし、評価・説得・採用支援を行う独立した職業」である。これは「リテーナー型サーチ」と呼ばれるものである。反対に、候補者が入社した段階でフィーが発生するものは「成功報酬型サーチ」と呼ばれ、今日ではこちらが主流になっているといってよい。意外かもしれないが、リテーナー型サーチと成果報酬型サーチでは前者が先発であり、成功報酬型サーチは1960年代に成立した。
さて前置きはこのあたりにして、ヘッドハンティングの成立とその後の変遷を見ていこう。しかしながら、職業の発生を論じるのは存外難しい。世界最古の職業は「売春」と言われる2が、その他にも農民や牛方3、兵士、政治家等が古くからあると言われ、これらはある種自然発生的に生まれたもので明確な発生時期が辿れない一方、宇宙飛行士のように人工的に生まれ、その誕生が明らかなものもある。
「ヘッドハンティング」の産声を聞くには時計の針を1900年代初頭まで巻き戻さねばならない。
19世紀末までヘッドハンターは存在しなかった。しかし、職業斡旋業者は古代から存在していたし、過去の人々が人材の重要性を認識していなかったわけでもない。厳密に言えばヘッドハンターは存在しえなかったのである。ヘッドハンティングが生業として成立するには、経営人材や高度専門人材を社外から採用する企業、組織を越えて移動する個人、両者一つ一つの総体でありながら両者を媒介する社会/市場、これら3者が各々の変容し、相互に嚙み合うのを待たなければならなかった。
企業 ~外部採用主体の誕生~
企業に起きた変化は「所有と経営の分離」である。前近代にも教会や豪商といった営利活動を行う大組織は存在した。しかし、そこでの指導者や上級職は君主や領主、当主やその親族等と強く結びついていた。当主=経営者であるならば、外から経営者を求人する必要はない。後継者や側近も家族や家臣といった組織内部から起用することが自然であった4。19世紀後半に入ると、鉄道や通信、大量生産や大量流通等のめざましい産業発展により多数の拠点と事業部門を持つ近代的企業が成長した。企業は所有者が交代しても存続する組織となり、経営をオーナー経営者からサラリーマン経営者へ5委ねるようになる。所有と経営の分離によって、企業は経営人材の「買い手」となった。
さらに企業の巨大化/多角化に伴って組織も複雑化していく。複数の製品・地域・機能を抱える企業では財務・製造・物流・営業・現地商慣習等の専門的な知識・経験を持つ管理者や高度専門人材が多数必要になる。新事業への参入や企業統合では社内にはない知識を外部から導入する必要も生じる。組織内部では充足できない確固たる人材への需要が生じたのだ。
また、経営の意思決定プロセスも変容せざるを得なかった。当主の個人的判断から経営陣や取締役会を介した組織的判断へと変わった。職責を定めて候補者を比較し、報酬や探索予算を設定する。これにより幹部採用は企業が外部の専門家へ発注可能な業務の一つになった。
個人 ~移動可能な自由人の発生~
個人に起きた変化は「能力と所属の分離」である。前近代における能力は本人にのみ帰属する職能ではなかった。君主との関係や商家独自の慣行等、長年の信用と一体で評価されていた。つまり、移動できたとして、移動先で同じ地位や権力を得られるとは限らなかったのである。個人の職能が特定の組織・共同体と不可分である中ではそもそも「転職」というのは存在しえない。しかし、近代になると財務・営業・生産管理・技術開発等の能力が複数の企業で通用する個人にのみ帰属する職能として認識されるようになる。個人のスキルがポータブルなものとなったのだ。
また、個人に「キャリア」という概念が生まれた。どの会社で何を担い、何を成し遂げたかが本人の履歴として蓄積される。本人が転職活動をしていなくても、その能力が現在の会社だけのものではないと第三者から認識されることで、オファーが届き、提案内容を比較検討できるのだ。ここではじめて我々ヘッドハンターが働きかける組織横断的なキャリアを志向する「潜在候補者」が生まれた。
社会/市場 ~ヘッドハンティング基盤の成立~
買い手である企業と移動可能な個人が存在するだけでは、ヘッドハンティングという専門職はまだ成立しない。両者を結ぶ制度・情勢・基盤が必要である。
まず、個人が組織を離れる自由が保障されていなければそもそも転職など叶わない。例えば、エリザベス1世の治世では徒弟法6が存在し、産業革命期にはより強権的な主従法7が発行された。この時代には転職は犯罪であり、労働者に転職・移動の自由は無かった。1875年に雇主及労働者法8が成立により労働者の退職が刑事罰から民事上の問題へと緩和され、1909年に職業紹介所法が発布された。これによってようやく個人の転職の自由とヘッドハンティングの存在余地が認められたのである。英国の例に倣うに、他の組織で働く人物へ接触し、現在の雇用主を離れるよう促す行為が通常の市場取引になるには、雇用主を選び直すことが個人の正当な権利として認められなければならない。
次に、移動可能な個人と雇い手である企業の再接続が一回限りではヘッドハンティングは存続しえない。米国では19世紀末から20世紀初頭にかけて企業合同が進み、多数のオーナー経営企業が大企業へ統合された。引退した所有者に代わって各部門や地域を担当するサラリーマン経営者を配置する必要が生じ、1920年代には企業関係者が資本不足だけでなく有能な経営者の不足を問題視するようになった。経営者の採用が一回性の事柄から反復的な取引へ変わり、専門仲介業者を養いうる市場が形成されたのである。
また所謂転職市場の形成に伴って、情報の規格化を避けては通れない。異なる企業に所属する候補者を比較検討し、自社やクライアント企業が求める能力を持つかどうか判断するには個人の経験やスキルを共通言語で語れるようにならなければならない。19世紀初頭頃には個人では役職・職務・業績・専門分野・学歴・職歴・報酬等について、企業では財務会計・事業部制・職務分類等についてのコンセンサスが形成されていった。
情報に関してはハードウェアの観点も外せない。電信・近代郵便・回転式印刷・タイプライター・電話・企業官僚制等の広域組織の情報処理を支える主要な技術及び制度は1840年代から1920年代に集中して発展した。新聞・業界誌・企業名簿・同窓会・専門職団体等は人材の情報を組織の外部へもたらすが、個人のレピュテーションは依然人的関係に閉じていた。こうしたネットワークは地域や身分、派閥を超えにくい。通信と記録媒体の普及により、個人の情報が容易にインナーサークルを抜け出すことができるようになったのだ。これをより加速したものが後の2000年代初頭に再び現れることとなる。
最後に、人材の探索そのものに企業が対価を支払う商慣行が定着し、その探索を請け負う仕事が一つの専門職として受容される必要がある。従来の職業紹介は求職者から対価を徴収していたが、企業が経営課題解決のために人材探索に対してカネを払うことを厭わなくなった9。「人のために仕事を探す」ことから「仕事のために人を探す」ことへとパラダイムシフトが起こったのだった。
ヘッドハンティングのはじまり
企業・個人・社会/市場の3者が各々閾値を越えた結果、1926年、アメリカ・ニューヨークで世界初のリテインド型ヘッドハンティングファームThorndike Deland Associatesが設立され、ここに「ヘッドハンティング」は生を受けたのだった。日本に黒船が来航するのは約半世紀後のこととなる。
Part2へ、つづく。
- 本来は「エグゼクティブ・サーチ」というのが正式名称であるが、聞き馴染みが無いと思われるので本稿では「ヘッドハンティング」で統一する。
- 1889年に英国の作家Rudyard Kiplingが発表した短編小説『On the City Wall』の一節による。以降、売春の婉曲表現として「最古の職業」が用いられることとなる。
- 「うしかた」と言う。家畜を用いて物資の運送を担った職。
- もっともこの傾向は現在の大手JTC でも見られる。中間管理職レベルまでの中途採用は行っているものの、結局社長になれるのは新卒プロパーのみといった会社も未だ少なくない。
- 簡便に「オーナー経営者」は所有者=経営者、「サラリーマン経営者」は所有者≠経営者の認識でよい。サラリーマン経営者については「雇われ社長」の方が聞き馴染みがあるかもしれない。
- 1563年制定。1年未満の短期契約が禁止され、治安判事の許可なしに仕事を辞めるたり別の場所へ移動したりすることを禁じた。農村からの人口流出を防ぐ目的が大きかったが、転職や転居を制限していることには変わらない。1814年に実質的に破棄された。
- 1823年制定。雇用主と使用人に関する法律で、極めて雇用主に有利な内容である。労働者のストライキや契約期間中の転職を刑事犯罪とみなした。犯した者は勿論投獄される。
- 雇用主と使用人が対等な契約当事者となり、労働者の欠勤や退職が刑事犯罪から民事上の責任に留まるようになった。近代労働法の発展における重要な転換点である。
- ちなみに、現在主流の求職者が一銭も身銭を切ることなく全額を企業が負担する仕組みそのものはリテーナー型サーチと同時期に成立した形態である。
✎ Profile
柏葉 丈瑠
慶應義塾大学卒業後、SFJへ入社。2025年よりSFJ NEXTに参画。主にIT・コンサルティング業界において、幅広い職種のリサーチ業務に従事。IT企業のテックリードやCTO案件、コンサルティングファームのパートナー候補案件を担当。その他にもインフラ企業の技術士案件等の特殊案件も担当する。社会移動における摩擦の軽減に貢献できるよう、日々のリサーチ業務に尽力する。
