皆さん、こんにちは。
前回の【人的資本経営についての考察】第1回では、「人的資本」という概念の起源と日本へ浸透の仕方について概観しました。
結果、「人的資本」という概念そのものは200年以上前から存在した概念であること、日本にも1990年代には輸入されていた概念であったにもかかわらず、2020年頃になって盛んに唱えられるようになったこと、そして政府が主導する形で多くの民間企業に浸透していったことが明らかになりました。
しかし、人的資本経営という“概念”が浸透してきているという話と、“実際に”人的資本経営が浸透してきているか或いは(効果的に)実践されているかという話は異なります。
そこで、第2回にあたる今回は、人的資本経営が十分に機能しているかどうか見ていくために、自社の従業員に対して行っている投資が企業価値の増大に繋がっているかどうか、どのようにして測ることができるのか、考察したいと思います。
というのも、このことを明らかにせずして、人的資本経営へのシフトについて正しく評価することはできないからです。すなわち、そもそも人的資本経営へ経営の舵を切るべきなのか、あるいは現在行っている自社従業員への投資は企業価値の増大という観点から見て効果的なのだろうか、といった点について検討することすらできないからです。
以下では、人的資本経営の効果について測定するための指標の1つ「人的資本ROI」を取り上げ、それによって何が明らかになるのか示したうえで、同指標の抱える問題点について指摘します(人的資本経営の効果を巡る指標はいくつかありますが、それら全てについて論じることはできないため、今回はそのなかの1つのみに焦点を当てて見ていきます)。
人的資本ROIとは何か。人的資本に関する情報開示のガイドラインであるISO 30414においては、以下のように規定されています。

ROIとはReturn on Investmentの略で、投資利益率や投資収益率とも呼ばれ、以下のように算出されます。

両者を見比べてみると、
収益=全体売上金額
コスト-(給与+福利厚生)=売上原価
給与+福利厚生=投資金額
であることがわかります。
そのため、人的資本ROIは単純化すると以下のように表せます。
人的資本ROI=

要するに、人的資本ROIとは人材に投資した費用(給与+福利厚生)と比べて営業利益がどれだけ増えたのかを測定するための指標であり、
1. 営業利益(=全体売上金額-コスト)を増やす
2. 給与と福利厚生額のいずれかもしくは両方を減らす
上記1.2.のいずれかもしくは両方を行うことで良化する指標であるということです。このように、人的資本ROIとはROIの考え方に基づく極めて明快な指標であると言えましょう。
しかしながら同指標は、2つの点で問題があるように思われます。
第一に給与と福利厚生以外の人材投資を考慮していないという点です。ISO30414の冒頭では人的資本について以下のように定義しています。「人的資本には、組織の人々の知識、スキル、能力の蓄積及び組織の長期的パフォーマンスへの影響(中略)が含まれる」。明確に、人々の知識やスキル、能力の蓄積を人的資本と認めているのです。
では、我々は知識やスキル、能力をいかにして獲得するのか。全てではないにせよ、各社による教育や研修がこれらの獲得のために行われていることは論を俟たないでしょう。
他にも、人的資本には「組織の長期的パフォーマンスへの影響」が含まれます。「組織の長期的パフォーマンス」は様々なものに影響されますが、従業員のエンゲージメントやモチベーションが影響することは間違いないでしょう。ならば、これらを高めるためのインナーブランディングにかかった費用も、人材投資にカウントするべきではないでしょうか。
第二に業界に応じて利益率が変化することを勘案していない点です。人的資本ROIを求めるのに必要なものは、①営業利益及び②給与と福利厚生の合計の2つでした。しかしながら、構成要素の1つである営業利益は、業界に応じて大きく異なるため、以下のように業界ごとに大きな差が出てしまいます。それだけでなく、業界によっては年度毎に大きな差が出てしまいます。

このように、業界による差分を考慮せずに他社と人的資本ROIを比較するのは、あまり建設的ではないでしょう。
以上、ここでは人的資本経営を行うための指標の1つとなりうる人的資本ROIについて取り上げました。人的資本ROIがどのような指標なのか確認したうえで、同指標が抱える2つの問題点について指摘しました。
以降では、人的資本ROIの改訂案を提示したうえで、同指標を用いる際の注意点について論じさせていただきます。

春日 亮佑
ラ・サール学園高校、東京大学を経て、東京大学大学院在学中に、日本学術振興会特別研究員に採択。SFJに参画後は研究者として培ったリサーチ能力と論理的思考力を活かし、CxOや新規事業責任者など重要ポジションにおいて、豊富なプレイスメント実績を誇る。日本社会のDXを推進すべく、2023年よりSFJ NEXTに参画。
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